大判例

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仙台地方裁判所 昭和53年(ワ)651号 判決

原告

中村修

右法定代理人

中村榮正

外一名

右訴訟代理人

藤田紀子

外一名

被告

石巻市

右代表者市長

青木和夫

右訴訟代理人

伊藤一二

外一名

主文

一  被告は原告に対し、金五四六万一四〇五円及びこれに対する昭和五三年七月一一日から右完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一本件事故の発生

1  請求原因1の事実及び同2のうち後藤教諭が昭和五二年四月一八日の三校時目の授業を早目に終えて自習をさせていた時間中、原告の右眼に鉛筆の芯先部が突き刺さる本件事故が発生したことは当事者間に争いがない。

2  右争いのない事実及び〈証拠〉を総合すれば、次の事実が認められる。

後藤教諭は、三校時目の国語の授業を、その正規の終了時刻(午前一一時二〇分)よりも前に終えて、終りの挨拶を行ない、三校時終了のチャイムが鳴るまで漢字の書取り練習の自習をするよう児童に指示して、自らは、同教室内の黒板脇の教卓席で児童らと向い合つて週報(向う一週間の行事・学習予定表)の作成に取りかかつた。児童らはノートに漢字の書き取り練習を始めたが、なかには自席を離れて立ち歩いたり、私語を交す者もあつて教室内は幾分騒がしかつた。美紀が教室の後の方の席にあたる自席でおとなしくノート一頁程も漢字の書取りを終えた頃、右斜め後の席の原告が、いきなり美紀の鉛筆の上部をつかんで、美紀の折角書いた右ノートにぐしやぐしやに(二、三回)円を描いていたずら書きをしたため、美紀は仕返しに原告のノートにも落書きをしてやろうと思い、自席に座つたまま後ろを振り返り、原告の机の方に鉛筆を握つた手を伸ばしたところ、原告が美紀の持つていた右鉛筆(長さ約一七センチメートル)の芯の方をつかんで美紀から鉛筆を取り上げようとしたので、原告と美紀との間で鉛筆の取り合いとなり、美紀が再三「やめらい」(「やめなさい」の意)と原告に言いながら、双方鉛筆の引つ張り合いをしているうち、原告が鉛筆を両手で握りしめ強く自分の方に引つ張つて美紀の手からこれを奪い取つた拍子に、その芯先部が自分(原告)の右眼に突き刺さるに至つた。

以上のように認めることができる。

原告は、美紀が「刺すよ」と言いながら原告の顔に鉛筆を向けてきたので原告がこれを制止しようとした際本件事故が発生した旨を主張し、〈証拠〉中にはこれに沿う部分があり、また、原告は、本件事故以前にも美紀が原告ら他の児童を鉛筆で刺し後藤教諭に注意されたことがあつたとも主張している。しかしながら、〈証拠〉によれば、美紀は生来内気でおとなしい性格であり、成績もよく、学校から行動態度について注意されたことはなく、また問題となるような行動をとつたこともなかつたことが認められるのであつて、〈証拠〉は、〈証拠〉に照らして措信できず、他に原告の右主張事実を認めて前記の認定を覆すに足りる証拠はない。

二後藤教諭の過失

小学校の担任教師は、学校教育法の趣旨や教師としての職務の性格・内容からみて、自己の支配下にある学校における教育活動及びこれと密接不離な生活関係について児童を保護監督すべき義務があるというべきところ、本件事故が、自習中とはいえ専ら担任教師の支配監督下にあるべき正規の授業時間内の担任教師の在室する教室内で発生したものであることは、前記認定のとおりである。しかも、〈証拠〉によれば、小学校の児童は、低学年のうちは授業中もとかく自席を勝手に離れたり、鉛筆の取り合いや消しゴムの投げ合いをしたりしていたずらをすることがあつて、そうした場合にはその都度注意を与えている実情にあることが認められ、殊に自習中は児童らが解放的な気分となつて気ままな行動に出易いことが考えられ、現に本件事故当時も前認定のように教室内が幾分騒がしい状態になつていたのであるから、教室内に在る担任教師としては、本件事故のような不祥事もあながち起こりえないものではないと予見して児童に注意を与えることにより、事故の発生を未然に防止すべきものであつたといわざるをえない。しかるに後藤教諭は、自席での「週報」の作成に余念がなく、右の注意を与えることがなかつたため本件事故の発生を見るに至つたものであるから、後藤教諭には本件事故の発生につき過失があつたものというべきである。

三過失相殺

前記一のとおり、本件事故は原告が、おとなしく書取り練習をしている美紀のノートにいたずら書きをしたことがそもそもの発端であり、鉛筆の取り合いとなつて美紀から再三「やめらい」と声をかけられたのになおも鉛筆を美紀から奪い取ることに固執してこれを離さなかつたために起つたものであつて、小学校三年生の原告に事理を弁識する能力があつたことはいうまでもないから、本件事故の発生について原告に過失があつたことは明らかであり、被害者の過失としてこれを斟酌することとし、原告の右過失と後藤教諭の前記過失とを比較衡量すれば、過失相殺として損害賠償額の五割を減ずるのが相当と認められる。

四被告の責任

後藤教諭が被告の地方公務員であることは当事者間に争いがなく、同教諭には前記二のとおり職務を行うにつき過失があつたものであるから、被告は国家賠償法一条により、本件事故によつて被つた原告の損害を賠償する責任を負うべきである。なお、被告は、同教諭の選任・監督に過失がなかつた旨を主張するが、たとえそのとおりであつても同法条による被告の責任は免れえない筋合であるから、右主張は採用できない。

五損害

1  〈証拠〉によれば次の事実が認められる。

(一)  治療の経過

原告は本件事故発生後、養護教諭の指示によつて門脇小学校校医であつた菅原眼科医師の診察を受け、同医師の診断に基づき直ちに仙台市の東北大学医学部附属病院(以下大学病院という。)に赴き、角膜中央部に穿孔していたため角膜縫合の手術を受け、同日から昭和五二年六月一三日まで五七日間大学病院に入院してその間三回にわたつて白内障の手術を受けた。右退院後も翌五三年二月頃まで大学病院、石巻日赤病院、菅原眼科、前川病院に通院して治療を受け、その後も年に一、二回定期検査の必要がある状況にある。

(二)  後遺症

退院後原告の右眼は、角膜白斑・虹彩前癒着・無水晶体・後発白内障等の症状を呈し、将来網膜剥離、緑内障等を併発する可能性もある。

原告の視力は、本件事故前は左右とも1.2であつたが、本件受傷により右眼視力は昭和五二年一二月には裸眼0.02、コンタクトレンズ使用による矯正視力0.5、同五三年四月には裸眼0.02、矯正視力0.2とそれぞれ診断され、同五四年一一月には裸眼0.04、矯正0.2とやや回復の兆しを示したものの、同五五年九月の診断では裸眼0.02、矯正0.05となつた。また原告の視力低下は、その原因が外傷であることから、回復は望み難いものとみられる。

2  積極損害〈省略〉

3  逸失利益

原告の前記後遺障害は、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表の第八級一号に該当し、労働省労働基準局長通達(昭和三二年七月二日、基発五五一号)の別表労働能力喪失率表によれば右障害等級の労働能力喪失割合は四五パーセントであるとされているが、〈証拠〉によれば、原告は、大学病院から退院後、ジュニア・サッカーチームの一員として競技したり、水泳・野球をしたりしていること、本件事故の前後を通じて、体育の成績はよく、また他の科目も成績の低下はないことが認められ、また原告の年齢から推して、将来の職業のための教育可能性、適応性は高いと考えられるから、これらの事情と、前記喪失率表が主としてと肉体労働者が労働能力を喪失した場合を対象として示されたものであることを合わせ考慮すれば、前記後遺障害による原告の労働能力喪失割合は三〇パーセントとみるのが相当である。

原告は本件事故当時満八才の健康な男子であつたから、その稼動可能期間は、経験則上満一八才から六七才まで四九年間を下らないと認められる。また労働省労働統計調査部編の昭和五二年度賃金センサス第一巻第一表産業計企業規模計学歴計の男子労働者の平均賃金は、月額給与一八万三二〇〇円、年間賞与等六一万六九〇〇円、計年間賃金は二八一万五三〇〇円であることが認められるから、原告は右稼働可能期間中右金額程度の平均収入を得られると認められる。

右労働能力喪失率、稼働可能期間、平均年収により、ライプニッツ方式で年五分の中間利息を控除して原告の逸失利益を算定すると、左記計算式のとおり九四二万〇五五六円となる。

2,815,300×(18,875−7,721)×0.3=9,420,556(円未満切捨)

4 ところで、本件事故の発生については、前記三のとおり、原告にも斟酌すべき過失があつたから、原告の損害のうち右2の積極損害、3の逸失利益から、前記三の割合で損害額を控除すると合計五〇二万一四〇五円となる。

5  慰藉料

前記本件事故発生の経緯、過失相殺の事由・割合、原告の受傷の内容・程度、入・通院期間、後遺症の内容等の諸事情を考慮すれば、本件事故による原告の慰謝料としては三〇〇万円が相当と認められる。

6  損害の填補

右4、5の損害の合計は八〇二万一四〇五円となるところ、原告が本件事故について、日本学校安全会から二九五万円、被告から一一万円合計三〇六万円の支払いを受けたことは当事者間に争いがないから、右損害額から右既受領額を控除すると、四九六万一四〇五円となる。

7  弁護士費用

原告が本訴追行のため原告訴訟代理人に訴訟委任したことは当裁判所に明らかであるところ、被告に負担せしむべき弁護士費用としては五〇万円が相当と認められる。

六結論

よつて、原告の本訴請求は右損害賠償金合計五四六万一四〇五円及びこれに対する本件事故の日の後である昭和五三年七月一一日から右完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(櫻井敏雄 今井理基夫 藤村眞知子)

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